寒い日にはこたつで鍋を。

 秋めいてきたと思ったらそんな季節は一瞬で過ぎ去り、先週にはすっかり冬という冷え込みになってしまった。
 そんな週末のこと、なんと人生で初めて家にこたつを設置した。というより、設置されるのを見ていた。
「こたつがない冬なんて!」
とは、同居する沢北談である。元々雪国でもない核家族世帯で生まれ育った沢北はこたつとは縁遠かったのだが、山王の寮で出会ってからというもの、こたつの魅力にすっかりやられてしまったらしい。
 そうは言っても、今の部屋には床暖房もあるため必要には迫られていないのだが、「ちゃんと掃除もするから!」と請われては、宮城には頷かない理由もなかった。宮城自身はこれまでずっとこたつとは縁遠いため、そこまで沢北が懇願するこたつのある生活がどういったものなのか、という興味もあった。
 宮城がこたつの導入を承諾すると、沢北はすぐに候補のこたつをいくつか挙げてスマホの画面を見せてきた。こいつリサーチ済みかよと少し呆れたものの、キラキラと瞳を輝かせるその無邪気な様子を見ていると、ただよかったなとしか思えなくなってしまう。
「これとかいいんじゃん」
と、宮城が候補のうちのひとつを指さすと、沢北は「だよね」と嬉々としてその特徴を説明しだした。その弾むような声に耳を傾けながら、宮城は頬杖をついて目を細める。
 つくづく自分は沢北の嬉しそうな顔に弱いのだ。インテリアにはさしてこだわりもなかったし、沢北は共有スペースに何かものを増やしたいときには必ずお伺いを立てたので、今回の件も含め問題はとくにない。問題はないのだけれど、少しだけ複雑な心境ではあった。必ずしもすべての要求をのんでいるわけではないが、大抵のことは沢北の笑顔で許してしまっている自覚があったから。
 いい歳した大人なのに、どれだけでも甘やかしたくなっちゃうんだよな。
 それは、沢北と恋人同士になるよりもずっと前、知り合いではなく友達と呼べるようになったあの頃から、ずっと変わらないことのひとつだった。

 出かける予定の場所が近場だったのもあり、久しぶりに車ではなく電車に乗った日のことだ。
 帰りの電車に揺られているとき、『今日は鍋だよ!』と沢北からメッセージが届いた。了解とスタンプを返し、扉の上の表示に目を移すと、最寄り駅まではあと2駅だった。
 なんとはなしに窓の外を流れる景色を眺めながら、この間は豆乳鍋だったが、今日は何鍋だろうかと宮城は想像する。沢北の作る鍋には、かなり高い確率で自家製きりたんぽが入っていて、宮城はそれが大層気に入っていた。今日の鍋にも入っていれば良いのだが。
 そんなことを考えているうちに最寄り駅に到着し、宮城は首回りに何重にも隙間なく巻いたマフラーに顔を埋めながら、電車を降りた。駅からの道を足早に家に向かう。手にもしっかりと手袋をはめていたから、寒さを感じるのは露出している鼻より上の部分だけだったが、まるで服の隙間からしみいってくるように寒い。これでまだ寒さの底は見えていないのだから、冬とは相容れないないなと宮城は心底うんざりした。あと半月もすれば、電車に乗ろうなどとは思えないほどの冷え込みになるだろう。
 実際の距離よりもずっと遠く感じた家にやっと到着し、コートやマフラーを取り払って、手を洗った宮城は、明かりのついたリビングのドアを開けた。
「ただいま~」
という宮城の声に、キッチンに立つ沢北から「おかえり~」と声が返ってくる。床暖房で温められた空気にもホッと息をつきながらカウンターを見ると、鍋の材料と副菜などがいくつか並んでいた。ほとんどの準備が完了しているようだ。
「お疲れさま。寒かったでしょ?」
「うん、もう駅までの道だけで無理だわ。カセットコンロ出す?」
「あ、そうだね。あと皿とか箸のセッティングもお願いしていい? もうこれ切るだけだから」
「了解」
 宮城はキッチン横にある小さな納戸にしまわれたカセットコンロとガスボンベを取り出し、こたつ机の真ん中より少しだけ角に寄せた位置にセッティングする。すでに何度目かのことなので、ガスボンベをはめるのもすっかり慣れたものだ。取り皿や箸を取るためにまた立ち上がった宮城がキッチンの食器棚に向かうタイミングで沢北も下準備を終えたようで、土鍋を持って入れ替わるようにこたつのほうに向かった。土鍋をコンロに置いて火にかけると、カウンターに置いた材料たちを運ぶために立ち上がる。
 ひととおりのセッティングを終えて、宮城は先にこたつに入った。沢北が菜箸を使って鍋に具材を入れていくのを、ぼんやりと見る。菜箸を持つ沢北の節張った長い指は、いつ見てもとても綺麗だ。
「キムチ鍋?」
「そう。やっぱ寒いときは辛いものでしょ」
 ニッと笑った沢北が、具材をひととおり入れ終えて蓋をした。
「よし、これでひと煮立ちしたら、最後にきりたんぽ入れて完成!」
 ぱちぱちと手を叩きながら、「おお~」と宮城は歓声を上げる。鍋が煮えるのを待つために、沢北も宮城の左斜め前からこたつに足を入れた。こたつで向かいに座ると真ん中に置いたものを取るには遠くなってしまい、鍋をするときの定位置はすっかりはす向かいだ。この位置でそれぞれ足を入れると、どうしてもこたつの中で足がぶつかり合うので、どちらの足を上にのせるかの戦いが始まる。この日も沢北が宮城の足に自身の足を乗せた瞬間に、宮城がその上を奪い、さらに奪うという不毛な争いが起こって、なんとなく膝から下の部分が絡み合った状態で決着がついた。
 少しだけ息を切らしながらふたりは笑って、そして静かにお互いを見た。沢北は机に軽く頭を預けて宮城を見上げながら、こたつ布団の上に投げ出されていた宮城の左手をその右手でやわやわと握る。宮城は左手をただ沢北に預けてされるがままにしながら、沢北の瞳を見返した。
「今日って、ヤスくんのとこの会社行ってたんだっけ?」
「そう。ほとんど最終確認って感じで、そんなにやることはなかったけどな」
「ヤスくんも元気だった?」
「うん。今度またエージも一緒にご飯でも、って言ってた」
「もちろん! いこいこ」
 満面の笑みを浮かべる沢北に宮城が微笑み返したとき、土鍋の蓋がカタカタと鳴った。沢北はガバッと身体を起こして、火を弱めて蓋を取った。かさも減っていい感じに煮えてきていた具材の上に、さらに菜箸できりたんぽを乗せていく。
「お皿貸して~もう野菜とかはいけるよ。きりたんぽもすぐだと思う」
 差し出された沢北の手に取り皿を手渡すと、沢北はおたまでバランスよく具材を盛っていった。「ありあと」と受け取って、沢北の分の取り皿も渡す。つぎ終わって沢北がおたまを置いて改めて座り直したところで、ふたりは手を合わせた。
「いただきます」
「いただきまーす」
 熱々の具材を箸で掴み、息を吹きかけて冷ましながら口に運ぶ。皿の分をひとまず食べきった頃には、ピリッとする辛みがじわじわと体内から温めてくれるような感覚があった。副菜に沢北が用意してくれたタコとわかめの酢の物とぬか漬けも、鍋とよく合って美味しかった。
「お、きりたんぽもう大丈夫そうだよ。どうぞ」
 赤い色がついたきりたんぽを沢北が取り皿に入れてくれるのを受け取って、宮城はそれをひと口大に切り分けて口に含み、ゆっくりと咀嚼して目を大きく見開いた。
「うわ、うま。キムチ鍋にきりたんぽ、初めてだけどすげえな」
「でしょ? きりたんぽってホント万能なんだよ」
 沢北も満足そうに頷きながら、大きくひと口白菜とネギと一緒にきりたんぽを口に運んだ。
 どんどん食べ進め、用意した具材をすっかり食べきったふたりは、きりたんぽに満足して〆はいっかという話になった。ただ満腹でぽかぽかしてぼんやりしながら、水を飲んだ宮城はふと思い出したように切り出した。
「そういえば、今日帰りがけに仙道と会ったんだよ」
「仙道? 会社で?」
「うん、ヤスんとこで。俺のサポーターとは別の商品作ってんだよあいつ。それの打ち合わせだって言ってた」
「へえ、なるほどね」
「それでちょっと立ち話したんだけどさ」
 そのときの仙道の、珍しく一瞬煌めいた瞳を思い出して宮城は薄く笑った。
「こないだ家にこたつ導入したって話したら、今度釣った魚持って遊びにいってもいいかって」
 軽く首を傾げて聞いていた沢北もすぐに想像がついて、苦笑いを浮かべる。
「うわ、仙道らしいなあ。あいつ、釣果悪いって聞くけど、食べられる魚持ってこられるの? …あと、こたつに入って全然帰らなさそうでちょっと嫌」
 うげ、という表情を見せた沢北の気持ちが宮城は深く理解できて、思わず吹き出した。
「ははっ、たしかに。誰か仙道を引きずって帰れるやつ、もうひとりくらい呼ばないとな」
「んーー同学年組で近くにいるやつだと神だけど、仙道ほっといて帰りそうだなあ」
「あー…絶対そうだ…」
 神がこたつに住み着いた仙道を置いて、爽やかに去って行く姿は容易に想像ができた。きっとお互い同じ状況を思い描いて、沢北と宮城は一瞬目を合わせた。
「…まあ、いいけどね。久しぶりに集まるの楽しそうだし」
「だな。仙道と神に連絡しとくわ」
「ん、よろしく」
 頻繁に連絡を取って会うような関係ではないが、なんやかんやで同学年のメンバーたちとは本当にたまにではあっても集まって会おうと気軽に誘えるくらいには仲良くしていた。せっかく久しぶりに4人で集まるなら、バスケもできたらいいな。とりあえず日程早めに押さえないと、と頭の片隅で宮城は思う。
 キリよく終わった会話の勢いで、食べ終わった鍋などを片付けようとこたつから立ち上がった沢北に続いて、宮城も手元の皿などを重ねて、流しに持って行くために立ち上がった。土鍋に水を張り始めた沢北の目の前のカウンターに何往復かしながらこたつの上を片し、その間に沢北が用意してくれた布巾でこたつの上を拭き上げる。
 先に渡した食器類を食洗機に突っ込んでいる沢北の横に並んで、流しで布巾を洗いながら、宮城は急に思いついたことを沢北に提案してみることにした。
「今日一緒に風呂入んない?」
 沢北は食洗機に突っ込んでいる手をそのままに、瞳をまん丸にして顔だけで振り返った。
「え! 入る! 入るに決まってんじゃん!」
 ガシャガシャと騒がしい音を立て始めた沢北を見て、にんまりと笑いながら宮城は布巾を絞った。
「ふはっ、じゃあ決まりな。浴槽洗って、お湯ためてくる」
「うん! じゃあじゃあ、えっと、俺は土鍋洗っとく!」
「ん、ありがと」
 寒い冬となんて、絶対に相容れないと思っていた。でも、沢北とふたり、温もりを分け合うように過ごす冬はそう悪くないと思えた。
 いつか、秋田の雪深い冬を体験してみてもいいかもしれない。掘りごたつにでも入って、きりたんぽ鍋を食べよう。そして雪の見える温泉に一緒に入るのだ。