君は僕の一番星[深松同大学if/全年齢/新書(二段組)/本文42P]
同大学に入学した深松(+三)が徐々に近づく大学生活の話です。
おおよそ全編、深【自覚有】→(←)松【自覚無】という感じで進みます。
※洋三が少し出てきます
※深松が幼なじみ設定
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本文サンプル
「稔も一成くんも並んで並んで」
「母さん…ちょっと落ち着きなって……」
「何言ってんの! せっかくのめでたい日なんだから!」
「そうそう! 記念写真なんていくらあってもいいんだから」
「そうだよね!」
先刻から当事者以上にはしゃぎ倒している母親たちにしらけた気持ちを抱きながら、松本はしぶしぶといった体で、深津と並んで校門の前に立った。周囲は松本たちと同様にスーツを着た新入生と、その写真を撮る保護者たちで溢れている。隣に立っている深津は別段思うこともないのか、ただ淡々とそこに立っていた。
「お前…なんでそんなに平穏なんだよ……」
「あのふたりはああなったら、言うこと聞くのが一番早い解放への道だピョン。松本もよく知ってるピョン?」
「まあ、そうだけどさ……」
コート上では頼もしい限りだが、こんなときばかりは、深津の山のようにどっしりとした態度が恨めしい。自分ばかりが振り回されているのが馬鹿らしくなってくるからだ。
「ほら、笑って笑って!」
少し後ろに下がってみたり、斜め下から撮ってみたり、試行錯誤する母親たちが今日も元気なことだけは幸いだ。松本はどうか引きつった笑顔が写っていませんように、と思いながら、この時間が早く終わることを祈った。
そもそも、入学式が行われる大学の講堂には保護者は入場できないため、今日もわざわざ来なくていいと伝えたのに、気付けば「明珠ちゃんと横浜旅行することになったから」と、ついでに入学式にも顔を出す流れになっていた。
勿論、母親たちの仲がいいのは何よりだ。何よりだが――。
「深津は明珠さんとうちの母さんについて、どう思ってるんだ?」
「どう……楽しそうで何よりピョン。末永く仲良しでいてほしいピョン」
何をわかりきった質問を、という深津の返答に、松本は母親たちのほうを向いたまま、ひとつ小さく息を吐いた。
「……うん、そうだよな。そうなんだけどな」
なんともいえない気恥ずかしさを感じている自分が、もしかしたら子供すぎるのかもしれない、という気持ちに襲われる。楽しそうな母親たちを見ると、その自意識はやはり見当違いなものに思えて力が抜けた。
深津は一瞬、そんな松本の横顔をじっと見つめ、またすぐに正面に視線を戻した。
「――思えば、松本家と深津家も長い付き合いになったものだピョン」
「ん? あー確かに? 俺たちが小学3年のときからだから……」
「約10年ピョン」
「うわ、もう二桁か。あっという間だな」
そんなことを話していると、向こうでひとしきり盛り上がった母親たちが松本たちのもとに戻ってこようとしている。やっと撮影タイムは終わったらしい。松本はひとつため息をついて、このあとはどうするつもりなのだろうとぼんやり考える。今日の新幹線で帰る、とは言っていたが。
「稔」
不意に懐かしい呼び名で呼びかけられ、少しだけ違和感を覚えたものの、松本は反射的に右に立つ深津に顔ごと向いた。
「これからも、よろしくピョン」
春の陽射しのように穏やかで温かい深津の笑みは、いつだって松本の心に陽だまりを作る。それはあまりにも当たり前のように隣にあって、松本が意識下に置くまでもなく、ただ射し込んでいた。
「――こちらこそ」
桜の花びらが舞っている。深津と、同じ大学、同じチームでの新生活が始まるのだ、と急な実感がこみ上げてくる。自分を見るその微笑みを、明珠さん譲りだな、となんとはなしに松本はただ見つめ返した。
*
「深津って、ああいうプレーもできんだな」
そう感心したように三井が言ったのは、入学から約1か月が経った、ある日の練習中だった。
履修登録も終わり、多くの新入生が大学の講義やひとり暮らしにも徐々に慣れ始め、大学構内のざわめきも通常時に戻りつつある。バスケ部としても春のトーナメントが終わり、新人戦に向けて練習にさらに熱が入っていた。
大学バスケの環境にも馴染み、松本は熱心にスカウトしてくれた監督の意向通りエースとして躍動し、深津も当然のごとく正PGとしての地位を確立しつつあった。高校時代との違いはある程度覚悟していたところだったが、想定外に松本を動揺させたのは、今隣で水を飲みながら呟いた三井寿との再会だった。
あの夏の悪夢のような出来事のあと、松本はしばらく落ち込みはしたものの、自分なりにその敗北を噛み砕いて、そう時間をかけずに乗り越えた。ひとつの負けを引きずっていても仕方ないし、試合中には何が起こるかわからないのが常だからだ。
結局のところ、自身の精神的にも技術的にも未熟な面を認めながら、真摯に練習に取り組み続けるほかない。その考えはチーム内で共有しているものでもあったから、最強と謳われた深津たちの世代の山王が持つ強さは、決して揺らぐことはなかった。
それはそれとして、である。あの夏の三井の、不気味で得体の知れないプレー。あのコートにともに立っていた面々ともある程度は共有した感覚だが、面と向かってマッチアップした松本にしか感じ得なかった底の知れない恐ろしさは、到底忘れることができないものになっていた。ウィンターカップでは対戦することはなかったから、結局松本にとっての三井の印象は、あの時のまま心に残る結果になった。その末の、予期せぬ再会だったというわけだ。
「あれ、山王の松本じゃねえか」と廊下でばったり出くわした三井に声をかけられたときには、ぎくり、と思わずその身を固くしたのは言うまでもない。立ちすくみ沈黙する松本の後ろから歩いてきていた深津が、その肩に手を置いて「俺もいるピョン」と顔を出したので、三井は「え」と見開いていた目をさらに見開いた。
松本は、置かれたままになっていた深津の手の熱さにハッとした。この温度はどんなときでも、松本に深く呼吸をさせてくれる。ゆっくりと息をして、改めて眼前に立つ三井に焦点を合わせると、視線の高さがほとんど同じことに気づいた。コートの中での印象が強く、あまり面と向かったときの印象がなかったのだとすぐに思い至る。
しばらくの静寂の見つめ合いのあと、かつてのマッチアップ相手であり、これからチームメイトになる男は、くしゃりと無邪気に笑った。松本の中にあった三井の心象は、ほとんどその一瞬ですべて吹き飛んでいった。
その後、三井とはあっという間にチームメイトとして、そして友人として親しくなった。すんなりと馴染むことができたのは、三井の人懐っこさはもちろん、バスケに関する言語のほとんどを共有できていたことが大きいだろう。同じチームでやってきた深津と松本がそれを共有しているのは当たり前のことだが、不思議なことに、三井ともかなり最初の段階から理解し合うことができた。同じような理由からだろうが、会話の波長も合ったから、3人は自然と休憩時間や移動など、ことあるごとに一緒にいるようになったのだ。
そして今、である。三井の言う「ああいうプレー」が何を指しているのか、松本にはとてもよく理解できた。
たしかに、深津のプレーは高校時代とは少し変わった。持ち前の視野の広さと洞察力で、試合全体をコントロールしてしまうような、圧倒的な強さとバランス力は相変わらずだ。しかし、以前にはそう促されない限りはやらなかった、自分から積極的に切り込んで攻めていくようなプレーが多くなった。それはもちろん周りを生かす意味もあるが、それ以上に、深津自身がなにかリミッターを外した、そんな印象だった。
さらに、松本やほかのチームメイトたちに対しても、挑戦的なパスワークが増えた。高校3年間を深津のパスで過ごした松本には、その違いは特に明白に感じられた。もともと、深津がくれるパスは計算され尽くされたように気持ちいいところに通り、次はどんなパスをくれるのだろう、とわくわくさせてくれるものだ。今もそれは変わらないが、たまに、まるで試されているような瞬間があった。それがうまく通らない場面もあって、練習のたび、試合のたび、自分の力不足を歯がゆく感じることもあったが、それは松本にとっては新鮮で、まだまだできることがあるのだと知るのが楽しくて仕方なかった。
昔から同じチームでプレーをする機会が多く、直近の3年間はかなり近くで見続けてきた松本が感じていたことと、全てを同じように感じているわけではないだろう。でもきっと、近い解像度で深津のプレーを見て、的確に高校時代との違いを見抜いてしまう。三井のバスケに対する見識の深さと洞察力に、松本は改めて感心した。
あの夏の時点でバスケが上手い選手だとは思っていたが、ともにプレーするようになって、存外それが感覚的なものだけではなく、三井の幼少期から蓄積された知識や経験に裏打ちされた、考え尽くされたものであることに驚かされた。普段の振る舞いとのギャップも相まって、未だに少しだけ不思議な感覚すらあるのは、本人には秘密だ。
「うん、深津はすごいプレーヤーなんだ」
深津と三井に対する頼もしさと誇らしげな気持ちで、松本は口角が上がるのを止められなかった。高校もそうだったけれど、大学でもまた恵まれた環境とチームメイトの中でバスケができるという歓びが、松本の身体中を満たすような感覚だった。その横顔を見た三井は、少しだけその表情の意味を勘違いしたらしく、拗ねたように口をとがらせた。
「まるで俺の深津、みたいな言い方するんだな。一応、今は俺もチームメイトなんだけど?」
「え、いや、もちろんそうだろ。俺の深津なんて、そんなつもりじゃ……」
あわてたように言葉を重ねる松本を見て、三井は声を上げて笑う。どうも、三井は松本がガチレスしてくるのが面白くて仕方ないらしく、短い間にたびたび揶揄われるようになっていた。
「そっか。ま、じゃあそういうことにしとくか」
「そういうこともなにも――」
釈然としない態度な上、どうも認識にずれを感じさせる三井の物言いに、さらに反論しようとしたところに、深津が現れた。
「なんか盛り上がってるピョン?」
「深津」
「おーお疲れ」
と迎えられ、「ピョン」とだけ返した深津は、そのまま松本の右隣に座る。
「で? 何の話ピョン?」
その問いかけに、三井はニヤッと口角を上げた。これは嫌な予感がする、と松本が思ったときにはすでに遅かった。
「松本が『俺の深津はすごい』って言うから、『俺らの深津じゃね?』って話してたとこ」
案の定すっかりいたずらモードになった三井が、わざと語弊のある言い方をするので、松本は思わず「おい!」とやや声を張ってしまって、すぐにハッとして深津に振り向いた。
「違うんだ深津。いや、違わないんだけど、大学入ってからの深津のプレーをだな……」
必死に深津に説明しようとしている横で、小刻みに肩を震わせている三井に気づいて、松本は「そもそも、この話始めたの、お前だろ三井!」と三井に振り向いた。その松本のTシャツの袖を深津が引っ張ったので、「ん?」と松本はせわしなく、また深津のほうを振り向いた。
「結局、松本は俺のプレー褒めてくれない、ってことピョン?」
一瞬、ただ深津の瞳と見つめ合っている間があって、「あー!」と唸った松本は、目を閉じて天井を仰ぐようにした。松本は決して人のことを褒めないわけではないが、面と向かって、そうお膳立てされると急に照れが強くなって、言葉が出てこなくなる。それをよく知るふたりだから、このシチュエーションは揶揄われているのだと松本はよくわかった。その証拠に、松本の背では三井が爆笑している。
「お前まで悪乗りするんだな!?」
と、松本が若干眉根を寄せたのにも動じず、深津はキョトンとした表情と澄み切った瞳で、松本の言葉を待っている。完全に悪ふざけだろうに、なぜこんなに、無垢な瞳を向けられるのだ。タチが悪いのは、深津のこの甘えモードに松本が抗えた試しがないというのをこの男がよくわかっていることだ。欲しい言葉をくれるまで、諦めることなど知らないという強い意志を感じさせる。
観念したように深津の肩にポン、と手を置いた松本は、自分の耳が赤くなっていることがわかった。この時間をすぐに終わらせたい一心で、まくしたてるような勢いで端的に言葉を発する。
「深津は最高のPGだよ。俺にとっても、チームにとっても!」
深津はそれを聞いて、満足そうに柔らかく目を細めた。それは幼い頃から変わらない無防備な笑顔で、結局この笑顔のために、なんでもしてやりたくなってしまうから仕方ないのだ、と松本はぽかぽかする心で思った。
「それならよかったピョン。ありがと。――俺にとっての松本も、最高のエースだピョン」
最高のエース?
松本は一瞬、耳を疑った。まさか深津の口からそんな言葉が出てくるとは思わず、咄嗟にただ「お、おう」とうなずくことしかできない。なにか返す言葉を探していた松本を余所に、ひょい、とその向こう側をのぞきこむように深津は顔を傾けて、三井を見た。気づくと、深津はすでにいつもの無表情に戻っている。
「三井は、最高のシューター、になる予定ピョン」
「おいおい、俺はまだ予定なのかよ」
「楽しみにしてるピョン」
「おうよ、任せとけ。期待以上になってやる」
松本が少なからず動揺している傍らで、深津は平静そのもので三井と話を続けている。そのことが、さらに先程の言葉の真実味を強めていた。
いつもそうだった。深津の何気ない言動に、松本は強く励まされたり心を揺り動かされたりした。でも、深津の笑顔は不意に現れては、焼き付ける間もなく、なくなってしまう。それがもったいないような気もしたし、まるで自分だけが知っている特別な流れ星のきらめきのようにも思えた。
