かっこよくて可愛いおれの恋人。

 宮城は他人が何を着ているかにあまり興味がなかった。もちろん決まっているなと思ったらそう伝えるし、自分が着てみたいと思うものには目がいくが、他人のファッションをとやかく言うことはない。基本的にファッションというものは自由だと思っているから、その人が何を着ていようが、本人がよければそれでよいのだ。
 だから、長く友人関係で過ごしてきた沢北が着ているものに対しても、特に何も思っていなかったのだが、恋人という関係になって何度かデートをしているうち、別の感情が湧いてきた。沢北に似合う服をオレが選んで着せたい、というものだ。
 沢北はスポーツにのめりこんできた人間によくいる、服は着られたらそれでよい、と思っているタイプだ。高校時代までずっと制服と練習着だけで過ごしてきたようなものなので、親から与えられたものを着ていれば間に合っていたと言うし、今もその延長線上のような感じである。さらに、日本では身長が高く、がたいの良い方である沢北には既製服はサイズが見つからないことも多く、自分で選ぶということは早々に面倒になり、興味も向かないままだった。まったく飾り気もない、とにかく楽だから着ているのだろうなと思える服でもそれなりに見えるのは、沢北自体が魅力的だからということに尽きるのだが、それはそれとして他のスタイルの沢北も見てみたいと思うのは恋人として湧いてきた欲求だった。
 そう思い始めると、いつもの普段着でいる沢北を見ると少しだけもどかしい気持ちがするようになり、宮城はなんだかなあと考えていた。いくら付き合っているからといって、恋人のことを自分の好きなようにしたくなるなんて、欲というものは尽きるところを知らない。自分はスタイルに口を出されたくないのに、それをファッションに興味もない相手にだけ押し付けるのは求めすぎというものじゃないか。
「これ、エージに似合いそうだな」
 ぱらぱらとめくっていたファッション誌を見ながら、ぼそりとつぶやいた宮城の声を、ちょうどシャワーを浴びて出てきた沢北の耳が拾う。ファッションが好きな宮城がファッション誌を読んでいるときは、自分のために情報を集めているということを知っていたので、自分の名前が出てきたことを沢北は少し不思議に思いつつも、ペタペタと近づいて手元をのぞき込んだ。
「どれ?」
 唐突に上から降ってきた声に宮城はビクッと肩を揺らす。「あ、上がったのか」と少し驚いた様子の宮城を腕の中に閉じ込めるように後ろから抱きしめて、顔をぴったりとくっつける。「体が熱い」と文句を言う宮城をさらに強く抱きしめてみると、少し身を捩るだけで笑っている様子なので、今日は機嫌がいいんだなと沢北は嬉しくなってちゅっと頬に軽いキスをする。よしよしと頭を撫でられて気分がよくなった沢北は、再度宮城に問いかけた。
「俺に似合いそうって、どれのこと?」
「あれ、聞こえてたのか。んー…これ」
 そう言った宮城が指したページには、黒のタートルネックの上に細身のセットアップを合わせたすっきりとしたスタイルのモデルが写っていた。正直なところ、普段の沢北がまったく着たことがないジャンルの服ばかりで、沢北自身は自分がそれを着ている姿をうまく想像することができなかった。「なるほど…?」と首をかしげると、宮城が笑った。
「いや、別にこれを着てほしいとか、そういうんじゃないんだけど……ただちょっと、エージが着てる姿想像したら、かっこいいなあって思っただけで…」
 話しているうちに照れてしまったのか、だんだんと語尾にかけて宮城の声がごにょごにょと小さくなっていったが、くっついていた沢北は問題なくそれを聞き取り、ぱあっと顔をほころばせる。
「リョータがかっこいいと思うなら着てみたい!」
「はあ?」
「でも俺、服全然分かんないから、リョータが思うかっこいい俺、コーディネイトしてほしいな」
「……」
「……だめ?」
 宮城と目を合わせるようにのぞきこむと、一瞬息をのむような気配があって、はあとため息をつかれた。
「お前……オレがその顔に弱いの分かっててやってんだろ…はあ、分かったよ」
「やった! じゃあ今度休みが合う日にショッピングね!」
 ショッピングなんてこれまで興味を持ったことなどないだろうに、と犬のように喜んでいる沢北を見ながら宮城は思った。自分の好きなファッションというものを押し付けるような気がして気が引けていたが、沢北自身はそんなことは特に気にも留めていないようだ。単純に宮城が好きなものを一緒に楽しめるというのが嬉しいのかもしれないし、宮城からのかっこいいという賛辞に飢えているのかもしれない。
 こうなったら最強の沢北栄治コーディネイトを作り上げてやろう。だってエージの魅力は、このオレが一番分かっているのだから。

 リョータがかっこいいって言ってたあれをまず着てみたい、と沢北が言うので、その日のショッピングは件の雑誌に掲載されていたハイブランドからスタートすることになった。
「え! 本当にここ、入るの…?」
「お前が言ったんだろ。行くぞ」
「えええ…俺、こんな格好で入って大丈夫なの」
「大丈夫だよ。オレだって変わんねえだろ」
「全然違うよお~~~!!」
 普段ほとんど買い物にも行かない沢北からすると、ハイブランドの店舗は相当に敷居が高いだろうとは予想していたが、思った以上にびくつく姿を見て宮城は少し面白くなってしまった。宮城自身も学生の身ではハイブランドなど運よく安く古着で手に入れたものくらいしか持っていないが、たまに気になったものがあると試着だけさせてもらうことはある。最初は確かにしり込みしたが、行ってみると意外に無碍にされるわけでもないと知ってからは、あまり気にしないようになった。
 宮城の背中にすがりついて小さくなってしまった沢北を無視して、店内に入る。雑誌に載っていたセットアップを探すと、やはり分かりやすい場所に飾られておりすぐに見つかった。スッと店員が寄ってきて、「そのセットアップ、今とても人気があるんです」とにこやかに教えてくれる。雑誌で見たことを伝えると、ぜひ試してみてくださいとサイズを聞いてくれる。宮城の背に隠れるようにかがんでいた沢北に試着させてほしいとお願いし、しゃんと立てと沢北の背を叩く。所在なさげに宮城の後ろから現れた男を見、店員は思わず感嘆の声を漏らした。「これは着せがいがありそうですね」と店員は目を輝かせ、「そうでしょ」と宮城もうなずく。沢北だけは相変わらず店の雰囲気に気圧されておろおろとしていた。
 せっかくだからと黒のタートルネックも用意してくれた店員に礼を言い、沢北を試着室に押し込む。「そんな複雑な服じゃねえし大丈夫だと思うけど、分かんなかったら言えよ」と声をかけると、「うん」と返事があった後にごそごそと着替えている音がする。しばらくすると、その音がやみ、着替え終わったような気配がするがなかなか出てこない沢北に宮城は声をかける。
「大丈夫か?」
「う、ん……たぶん大丈夫だと思うんだけど…これでいいのかなあ」
「着たんなら、とりあえず開けるぞー」
「ん」
 ガチャリと試着室を開けると、全身鏡のほうを向いた沢北の不安そうな顔と鏡越しに目が合う。
「…どう?」
「……こっち向いて。胸はって」
「え? うん」
 宮城に向き直った沢北の全身を見、少しだけ襟元と腰あたりのたるみを直して、もう一度全体を確認して「うん」と宮城がうなずく。明確な感想をもらえず、少し涙声で「リョータぁ…」と呼ぶ沢北に、宮城はニッと笑った。
「すっげえかっこいいよ。めちゃくちゃ似合ってる」
 それは、すがすがしいほどの真っ直ぐな賛辞だった。宮城からここまで率直な誉め言葉を向けられることはほとんどない。沢北は思わず目を丸くして宮城を見た。すると、徐々に気恥ずかしくなってきたのか、宮城は少し顔を赤くしながら拗ねたように唇を突き出す。
「なんだよ。エージはオレの見立てが不服なわけ?」
「そんなわけ、ないじゃん! リョータがかっこいいって言ってくれて、めちゃくちゃ嬉しい!」
 すると、沢北に目を戻した宮城が照れくさそうに笑った。抱き着きたい気持ちでいっぱいになったが、ハイブランドの高い服を着ていることを思い出して、沢北はぐっと我慢した。
 そこに先ほど対応してくれた店員が「どうですか?」とやってくる。宮城が試着室の前にスペースを作り沢北の姿を見せると、その店員は思わずといったようにわあっと声をあげた。興奮したように、沢北の着こなしがいかに素晴らしいのかということを事細かに話し始める。沢北はさすがに少し恥ずかしさも感じたが、宮城が誇らしげにうなずいている顔を見ると、なんとなくほっこりとした気分になった。
 値札の桁数に目を白黒させている沢北を笑いつつ、宮城はスマートに店員とやり取りをし、店をあとにした。ニコニコとご機嫌な様子で隣を歩く宮城に沢北も嬉しくなる。ちらりと沢北に視線を寄越した宮城と目が合い、また笑みを深くする宮城に問いかけた。
「なあに?」
「さすがオレの彼氏だなと思って」
 ニヤッと笑った宮城に、胸がぎゅっと鷲づかみにされる。今度こそ我慢できない、と沢北は飛びつくように抱き着いた。大抵は外で抱き着いてくんなと拒否されるが、今日は特別機嫌のよい日になっているようだ。「歩きづれえ」と言いつつ特に沢北をはがそうともせず、甘んじて受け止めてくれる。その原因はきっと自分なのだと思ったら、嬉しくて叫びだしたくなっても仕方ないだろう。俺の恋人は、なんてかっこよくて可愛いんだ!
 その後、安い古着屋に向かった宮城は「ここならお前も買えるだろ」と、沢北の体に服をあてながら、あーでもないこーでもないとコーディネイトをいくつも考え、沢北を着せ替え人形にした。試着室を出たときのぱあっと宮城の目が輝く姿を見る度、沢北は今日ショッピングに誘ってよかったと思った。
 宮城が常日頃からオシャレに気を使っているのは、彼自身がファッションを好きだからだということはもちろん知っていた。恋人の好きなものを一緒に楽しみたいなと沢北は考えていたが、宮城は特にそれを共有したいようでもなかった。実際、最低限の身だしなみというレベルの沢北にはファッションというジャンルはあまりにも未知数で、踏み込んでいくきっかけをつかめないでいたのだ。だから、宮城がぼそりとつぶやいた「エージに似合いそう」は、沢北にとって僥倖だった。楽しそうに沢北の服を選んでいる宮城を見ていると、また一歩宮城に近づけたような気がした。
 一通り選び終え、着回しも考えていくつか宮城におすすめされたものを沢北は購入した。
「あ~~リョータが選んでくれた服なんて、もったいなくて着れないかも!」
「何言ってんだ。せっかく買ったんだから、着ろよ」
 ごにょごにょと隣で言っている沢北に呆れつつ、はたと宮城はあることを思い出す。沢北栄治が恋人の欲目でなく一般的に見ても、とんでもなく魅力的な男であるということを。素材だけでとんでもないのに、着飾ったりなんかしたら――想像するだけで苦虫をかみつぶしたような表情になってしまった。
「あ……やっぱあれだ。普段、大学とかではあんまり着なくていい」
「え?」
「……主に、オレと会うときに着てこい」
「………え? ………あっ」
 宮城の意図するところに気づいたような声をあげた沢北に、宮城は一気に羞恥心が高まってカアッと頬を染め、顔をそむけて急ぎ足で歩き出してしまう。後ろから見た耳も首元も赤く色づいていた。沢北は急いで追いかけ、宮城の横に並んだ。
「ねえリョータ! それってさ、それって…!!」
「うっ…うるせぇっ!」
「俺のかっこいい姿見るのは、リョータだけがいいってことだよねっ!」
「あああああ! うるせえうるせえ! そうだよわりぃか!」
 恥ずかしさが限界を超えたのか、真っ赤になって逆ギレし始めた宮城に比例するように、沢北はにやつくことを我慢できずにだらしない顔になっている自分を感じた。
「悪くないよ! だって俺が一番かっこいい姿を見せたいのはリョータだけだもん!」
 両肩をガッとつかんだ満面の笑みの沢北にそう言われ、宮城はまた自分の顔が熱くなるのを感じる。「わぁっかったよ! そうしてくれ!」とやけっぱちで言う宮城に、「うん!」と嬉しそうな沢北はスキップでもしはじめそうなほど浮かれている。
 ああ本当に、こいつにはかなわない。自分の恋人はなんて可愛くてかっこいいんだろう。今度のデートではふたりで思いっきりオシャレをして、街を歩きたいな。そんなことを考えて、宮城もゆるむ口元を我慢できなくなっていた。